UNBECOMING AN ELF (エルフにふさわしくない者)



傲慢さなぞエルフにはふさわしくない。
ロリアンのハルディアに出会ったとき、レゴラスが受けたのはそんな印象だった。

彼はもう何日もの間、ミドルアースの大地を縦横無尽に冒険していた。
その日もいつものように 馬に乗って、辺りとはちょっと毛色の変わった草木が生い茂る森の入り口を通り過ぎた。

突然、あたりの神聖な静けさが近づく馬のはげしいいななきによって破られた。
その音が木々の向こうから荒々しく近づいてくるのを感じ、レゴラスは心配になって引き返そうかという思いに駆られた。 騎乗の一団がエルフであることを認めてほっとしたのもつかの間、その一団のリーダーとおぼしき人物が馬の進路を急にレゴラスのほうへ向けて突っ込んできたので、レゴラスは衝突を避けようとあわてて馬の鼻面を引いた。

「気をつけろ!」
驚いてはやる馬をなだめながら、レゴラスは叫んだ。

エルフの一団は馬を止め、鼻息荒くたたらを踏む馬の鞍上でくつくつと笑った。
「素晴らしい!」
レゴラスともう少しでぶつかりそうになった男がそう言った。
かなりのハンサムで、インテリっぽい感じだ。ニヤニヤ笑う表情の中で灰色の瞳が光った。
「俺の勝ちだな。これで俺にひとつ借りだぞ、ルーミル!」

彼が話し掛けた男も彼ととてもよく似た容姿をしていたので、レゴラスは彼らが血縁関係にあるのだろうと推測した。
三人ともだ。ざっと見回して、そう結論づけた。

「そいつはフェアじゃないぜ。俺のほうが頭一つ抜き出ていた。 こいつが邪魔さえしなければ、俺だって止まることはなかったんだ」
ルーミルと呼ばれた男が抗議した。

三人のエルフが揃って批難の眼差しをレゴラスに向ける。
彼が背筋を伸ばして、真っ直ぐに見返すと、最初に話し掛けてきたエルフが馬を真横に寄せてきた。 至近距離で見るとますます、最初に思った以上にその男はハンサムだった。 自尊心のきらめく灰色の瞳が、彼自身そのことを自覚していると告げている。
「初めて見る顔だが、あんたはもう俺の友人だ」
ハンサムなエルフが宣言した。馬を巡らせ、レゴラスの腕を掴む。
「一体どちら様に感謝すれば良いのかな、同胞殿?」

衝突しそうになったことにまだ少し腹を立てていたレゴラスは頑なな態度を崩さなかった。
「私は闇の森の、レゴラスと言う」

エルフは彼の腕を掴んだまま、眉を吊り上げた。
「またえらく遠くから来たものだな、美しき同胞殿。私はロリアンのハルディアだ。こいつらは弟のルーミルとオロフィン。なぜこの道を行く?」

レゴラスはとられた腕をもぎ離そうとし、ハルディアが離そうとしないのに驚いた。彼はレゴラスに笑いかけ−−まるで楽しんでいるようにレゴラスには思えた−−ようやく手の力を緩めた。 腕を取り返しながら、レゴラスの胸のうちに嫌な感じが広がる。

「裂け谷のエルロンド卿を訪ねるところだ」
そう答えたレゴラスは、男の気取った風な様子に刺激され、付け加えた。
「彼は私の父ととても近しい友人だから」
すぐに、子供じみたことをした、と思った。どうしてこのエルフに一目置かせる必要がある?

彼の羞恥心は、ハルディアのニヤニヤ笑いによってさらに膨れ上がった。
「ああ、それではお前は闇の森の王子様というわけだ」
男は残りの連中に向き直り、
「何たる幸運だ、兄弟。我々は高貴なるお方のお供として裂け谷まで行こうではないか!」
そう言って 笑った。レゴラスは、常の彼にはあまりないことであったが、ハルディアを強く嫌悪することに決めた。

彼が避ける間もなく、ハルディアは再び触れてきて−−レゴラスの肩を掴んだ。やんわりと力を込め、指を這わせながら、ハンサムな顔に明るい笑みを浮かべた。
「全く運が良いぞ、兄弟」
そう続け、視線をレゴラスの顔から身体にしげしげと這わせた。
「全く、裂け谷への旅は楽しいものになりそうだ」

レゴラスはショックを隠しきれなかった。この厚かましさはロリアンのエルフにとっては普通なのか?それともこのハルディアが例外なのだろうか?
レゴラスは肩を思い切り振り切って、接触を絶った。ハルディアの目の中に愉快そうな色が踊るのを見て、怒りが頬に上る。
「断っておくが、私は先を急いでいる」
彼は嘘をついた。
「どうしても私と共に、というのなら、遅れをとらないようにしてくれ」

ハルディアはうなづいたが、その表情には自分達が現れる前のレゴラスののんびりとした歩みを思い返しているだろうことが見てとれる。しかし、レゴラスの嘘を追及することなく、彼は得体の知れない笑みを浮かべただけだった。
「全くだ、我々もぐずぐずしているわけにはいかん」 そう賛同する。
「まだ出発して数日も経っていないが、早く柔らかいベッドで眠りたいものだ。そうじゃないか、レゴラス?」

レゴラスが眉をひそめたが、ハルディアはきびすを返した。
「行くぞ、兄弟。闇の森の王子が裂け谷へとお急ぎだ。彼の忠実な従者となり、疾く彼を導こうではないか」

三人の兄弟は笑った。レゴラスは彼らを無視した。
彼は馬を駆って前に進め、無駄とは知りつつ彼らがついて来ないことを祈った。
うしろでエルフ達が何事かひそひそ話し、忍び笑いをするのを聞きながら、彼は最終的にハルディアを嫌うのをやめた。

彼を、憎むことにした。





夕闇が落ちる頃、レゴラスはハルディアに対する自分の態度が少し厳しすぎたのでは、と思い始めた。
彼の恐れとは裏腹に、ロリアンのエルフ達は、彼に闇の森の最近の出来事について2,3聞いただけで、個人的なことは何も聞かず彼をそっとしておいてくれたのだ。 ハルディアは相変わらず傲慢かつ面白がっているような眼差しでレゴラスを悩ませたが、その厚かましいエルフも、なにもやっかいなことは言ってこなかった。

その結果、その日の夜営を張る頃には、レゴラスはロリアンのエルフ達に出くわして以来初めて緊張を解きほぐしていた。木の幹に背を預け、緑の草むらの上で足を伸ばしてほっと息をつき、木々の間から垣間見える満月を見上げた。 星々に目をとめて、 口元ににかすかな笑みが浮かぶ。

「我が若君は夜空がお好きなようだな」

レゴラスは笑みをわずかに引き締めたが、ハルディアの冷やかしに邪魔をされるのはよそうと思った。 暗闇の向こうからハルディアがもの欲しそうな眼差しを向けているのを感じたが、視線は合わせない。
「ロリアンでは夜というものがないのだ」
ハルディアは続けた。「知ってたか?」

その言葉に、レゴラスは視線をおろした。
「昔、ロリアンを訪れた私の一族の者に聞いたことがある。永遠に光溢れた場所か。素敵だ。いつか私も見てみたい」

ハルディアの瞳が月明かりをとらえ、鈍く光ったように見えた。
「俺もお前に見て欲しいぞ。多分、いつかこの俺がお前を連れて行ってやるさ」

レゴラスはなんと答えていいか分からなかった。
居心地が悪くなり、視線をそらすと、ハルディアの弟達が少し離れたところにいるのが目に入った。
「彼らは何をしているんだ?」
2人のエルフが草むらの上で取っ組み合いをしているのを見、驚いて訊ねる。

ハルディアは静かに笑った。
「何って、取っ組み合いだ。俺達のところでは単に弓矢の腕を磨くよりも身体を鍛えるほうを好むのでな。闇の森のエルフ達はこのようなことをしているとは思わないがな?」

レゴラスは挑発されていると感じたが、抑えるより前にプライドが勝ってしまった。
「我々は取っ組み合いのような野蛮なことはしない」
そう答え、ハルディアが笑うのを見てきゅっと歯をかみ締めた。
「実際、好んでするのはれっきととした素手同士の格闘だ」

「へえ?」ハルディアがすっと立ち上がり、そのすらりとした姿が月明かりの下で浮かび上がった。
「それでは、俺が挑戦しよう。美しき同胞殿。身分卑しきロリアンのエルフ対、貴き闇の森の王子だ。下等な取っ組み合いの技と、訓練された無類の技の闘いというわけだ。俺をへこませるいい機会だぞ。否と云うわけはあるまいな?」
そう言って、にやりと笑う。
「今日の午後中、ずっとそのことを考えていたろう。知ってるぞ」

「まさか」
レゴラスは誘いに乗るまいと答えた。
「そんなことを考えていたのではない。それどころか、お前のことを好ましく思おうと努力していたのに」

「そして、上手くいかなかったとみえるな」ハルディアが笑いながら言った。 レゴラスが座っているところまで近寄り、彼の前に立ち塞る。 自分の領域に踏み込まれたような気になり、レゴラスはムッとして男を見上げた。
「俺に馬鹿にされるのは我慢ならないんだろう」
ハルディアはそう言って、手の甲でレゴラスの頬を撫で下ろした。
「さあ、仕返しするいい機会だぞ」

ハルディアの手はあたたかく、思いがけないことだが、気持ちよかった。
自覚のないままにレゴラスはその感触に引き寄せられていた。
ふと視線を上げて、男が満足げな笑みを浮かべて自分を見下ろしているのに気づく。
カッとなって、レゴラスは男の手をはね除け、身体を押しやった。

「挑戦を受けよう」
怒りを込めて言い、後ろに退く。
「お前の云うとおりだ。喜んで、お前をへこませてやる」

ハルディアは楽しげな様子を隠そうともしなかった。
「素晴らしい」
ひとつ頷くと、いきなり飛び掛ってきた。

その動きを予期していたレゴラスは横に飛びのき、男を押しのけようとした。が、ハルディアもまたそれを予期し、レゴラスがよろけた拍子に腰の辺りを羽交い絞めにする。 バランスを失い、エルフ達は地面にもつれ合って倒れた。

先に体勢を立て直したのはレゴラスで、すばやく起き上がるとハルディアの頭を蹴り上げようとしたが、紙一重でかわされる。 こんどはハルディアが頭から突っ込んで来、レゴラスの振り回す手に邪魔されながらも力ずくで彼をねじ伏せた。

自分よりもかなり体格の良いハルディアに押しつぶされて息がつまり、レゴラスは思わず小さな悲鳴をあげた。
拳を振り上げて男の耳の辺りを殴りつけると、ほんの少しハルディアの力が緩む。そこを力の限り撥ね退け、レゴラスは体勢を入れ替えることに成功し、敵に馬乗りになった。 しかし口元に勝利の笑みが浮かんだのもつかの間、ハルディアの拳に顎の下を捕らえられ、目の前が真っ白になってレゴラスは崩れ落ちた。 ロリアンのエルフはすばやく優位を確立し、彼よりも随分軽いエルフの上に乗り上げ、レゴラスの両腕を頭上の大地に縫いとめた。

激しくもがくレゴラスの上で、ハルディアが笑った。
「若君よ、どうしたことだ?お前の仕返しはどうも計画通りにはいかなかったようだぞ」

「その通りだな」
レゴラスは歯軋りした。「さあ、もう退け!」

「おや、戦利品が無くちゃ勝った意味がないだろう?」
ハルディアが彼の獲物を見下ろした。
「さあて、ご褒美に何をいただこうか」

レゴラスはこれまでに憶えが無いほどの怒りを感じた。そして同時に、興奮を覚えた。そのことがさらに怒りをかきたてる。 ハルディアに惹かれているなど、考えたくもない。このうんざりするほど傲慢なエルフに、自分が反応していることを悟られるなど、以ての外だ。 ありったけの力をこめて、レゴラスは片方の腕を自由にすることに成功し、ハルディアの顎めがけて殴りつけた。

男の頭がのけぞり、裂けた唇から顎に向かって血が流れ落ちる。
しかし、ハルディアは思っていたよりさらに頑強だったようだ。
うろたえるレゴラスを再び押さえつけながら、ロリアンのエルフは口汚くつぶやいた。

「そう簡単にはことを終わらせてくれん気だな?」
返答を待たず、ハルディアはレゴラスの手首を掴んで思い切り地面に叩きつけた。
腰の辺りをレゴラスのそこに擦り付け、己の高ぶりを感じられるようにする。
「さあ、俺の戦利品をいただくとしよう」
そういって、唇をぶつけるように合わせてきた。

レゴラスが上げた抵抗の声は、覆い被さってきた男の口内に飲み込まれた。まるで誘惑するようにレゴラスに身体全体を押し付ける。 レゴラスの顔に血が上った。彼自身の性的興奮は明らかにハルディアにも知られているはずだが、男は口付けをやめようとはしなかった。 ひときわ乱暴な接触で二人の焼けるような男根同士が擦り合わされ、思わず喘いだレゴラスは、ハルディアの舌に侵入を許してしまった。

レゴラスの視界が狭まる。柔らかな地面とは裏腹に、木の根っこが彼の肩に食い込む。ハルディアが余りに強い力で手首を戒めるせいで、爪がレゴラスの肌をえぐる。 唇も男のそれに押さえつけられ、歯で柔らかな肉が切れる。
ハルディアの血の、銅のような独特の味がする。

こんなキスは受けたことがなかった。
侵略のような、強奪のような、キス。
ハルディアはレゴラスを誘惑しているのではない。これは蹂躙だ。
そのつもりがあろうとなかろうと。
ハルディアがレゴラスの下半身を地面に押し付け、その上でリズミカルに動きだしたとき、レゴラスは、それが欲しいと、思った。
そんなこと、ありえない。自分の中で強く否定する。
彼はハルディアを憎んだ。
しかし、彼の身体は・・・そこまでの確信を持てない。

自分自身を裏切って、レゴラスの口から初めてうめきが漏れた。
ハルディアが唐突に唇を離した。レゴラスの声をもっと良く聞くためだ、と気づく。
しかし彼の憤りは、ハルディアに無防備な首筋を舐め上げられてたちまちかき消された。

「もう一度聞かせろ」
ハルディアが肌に寄せて囁く。レゴラスは首を振る。彼にそんなものを与えてやるものか−−するとハルディアは、レゴラスの弱点である、首筋の最も感じやすい部分を見つけ出した。
決意したはずのものがたちまち崩壊する。
まさぐる唇の下でのけぞり、思わずかすれたうめきが漏れた。

「いいぞ」
ハルディアはつぶやき、また口付けを求めてきた。

やっと唇が解放されるとレゴラスは喘いだ。
「おまえが憎い−−こんなことは、嫌だ」

ハルディアが動きを止め、まじまじと彼を見た。
そうして男が静止して初めて、レゴラスは自分の置かれている状況に気がついた。
無意識に、レゴラスの両足は開かれ、その間に身体を割り込ませたハルディアの男根が衣服越しに彼のそれと 密着している。
そこを強調するかのようにハルディアは腰をゆっくりと動かし、男根同士をこすり合わせた。
レゴラスの瞼がふるえる。

「本当にこれが嫌か?」ハルディアがやんわりと訊ねた。
「それとも、これを楽しんでる自分自身が嫌なんじゃないのか?」

反抗心と、そして奇妙な恐怖心が混ざり合って、レゴラスは男を見返した。心臓が早鐘のように打つ。
ハルディアの中心が脈打つのが伝わってきて、濃密な接触を自覚する。

「えへん!」

レゴラスがハルディアの肩越しに素早く視線をやると、彼らのうしろにルーミルとオロフィンが立っていた。 二人とも、楽しげな様子を隠そうとして、隠しきれないでいる。

「俺達はその王子様の忠実なる従者になったと思っていたが」
オロフィンが口を開いた。
「兄者の言う”忠実な”ってのがそういう意味だとは知らなかったぜ」

迷惑そうに、かつ残念そうにハルディアはレゴラスを解放し、後方へ押しやった。
レゴラスは起き上がり、エルフ達の視線を避けながら手首をさすった。
二人の弟達はしばらく笑っていたが、ハルディアにじろりと睨まれて笑うのをやめた。
自分の身体が自分自身を暴いたことに耐え切れなく恥ずかしくなり、レゴラスは素早く立ち上がると暗闇の中に逃げ込んだ。
背中にハルディアの視線を感じながら。

その夜は森の中で、独りですごした。
いまだ興奮の冷めやらぬ身体が解放を要求していたが、彼はそれを無視した。
今、達成感を得ることは、ハルディアがいかに彼を導いたかを認めることになる。
眠りはなかなか訪れなかった。

翌朝まで、レゴラスはロリアンのエルフ達を見ることはなかった。
エルフの兄弟たちは控えめだったが、どちらにしろレゴラスは彼らと話をする気はなかった。
ハルディアが馬を横に着け、心得顔な視線を向けてきたが無視を決め込む。そうするうちに、裂け谷の尖塔が木々の向こうに見えてきて、安堵で身体中の力が抜けた。 ハルディアからの絶え間の無い圧迫感に、心底疲れ切っていたのだ。もうすぐ、やっと休息ができる。
レゴラスは微笑んだ。ハルディアがそれを見て驚こうが、もうどうでもいい。彼は裂け谷に到着したのだ。
そこで彼を待っているはずの人と、心静かな時間を過ごせるのだと思うと、レゴラスは待ちきれなかった・・・。

 



中庭の向こうから低い声が聞こえてきて、レゴラスはすぐさま馬の背から飛び降りた。

「レゴラス!」

彼は駆け出し、アラゴルンの胸に飛び込んでその力強い腕に抱きしめられた。男は皮と汗の匂いがし、レゴラスは思い切り息を吸い込んでその匂いをかみしめる。
アラゴルンが少し後ろに引いて彼の顔を覗き込む、その表情は喜びに溢れていた。

「ああ、お前は会うたびに美しくなる」
淡い色のエルフの髪を耳の後ろにかけながらアラゴルンがつぶやいた。
レゴラスが赤くなるのを見てくすくす笑う。
「どんなにお前に逢いたかったか、想像もつかんだろう」

レゴラスはこの人間の溢れんばかりの愛情に身をゆだねた。
アラゴルンはいつも、自分があたかもこのミドルアースで最も愛されている存在であるかのように思わせてくれる。
「私も逢いたかった、アラゴルン。一年は長すぎました」

「一日だとて長すぎるさ」
アラゴルンが笑いながら抗議した。親指で優しくエルフの頬を撫でる。
「お前が来る、と聞いて以来、俺の胸のうちがどんなだったかがお前にわかればな」

「私には想像するしかありませんね」
レゴラスは茶目っ気たっぷりに答えたが、アラゴルンが彼のことを想っていてくれたことに、密かに喜びをおぼえた。

男の微笑が、しかめ面に変わった。
レゴラスの肩越しを眺めながら、口を開こうとして、やめる。
「ええと、・・・やあ」

レゴラスが硬直し、笑みを消す。
彼はハルディアとその弟達のことを完全に忘れていたのだ。
人の子の腕が離れていくのを名残惜しく思いながら、後ろに退く。
ロリアンのエルフが前に進み出て、興味津々の視線をレゴラスからアラゴルンに移した。

「自己紹介しよう」アラゴルンが言った。
「俺の名はアラゴルン、エステルと言う名で呼ばれることもある。裂け谷にようこそ」

ハルディアが頭を下げた。
「お会いできて光栄です、アラゴルン。我々兄弟は故郷のロリアンでもあなたのことを聞き及んでおりました。私はハルディア、これはルーミルとオロフィンです。ここにやって来たのは外の世界の情報を得るためと、同胞種族の訪問のためです」

「ここでは特に目新しい情報はないかもしれんが、出来る限り提供する。エルロンド卿もあなた達に会えてお喜びになるだろう」
アラゴルンはそういって、レゴラスに向き直ると微笑んだ。
「お前にロリアンの友人がいたなんて、初耳だな」

”友人なものか”。レゴラスはそう答えたかったが、彼は微笑を返すにとどめた。
「ハルディアとご兄弟には、ここに来る途中偶然お会いしただけです。幸運な偶然でしたが」
声音を精一杯陽気にしたつもりだったが、成功したかどうかは甚だ疑問だった。

アラゴルンはかるく眉をひそめたが、何も言わなかった。
待っているエルフ達に向き直り、前方を指差す。
「休息を取っていただけるよう、部屋にご案内しよう。エルロンド卿から夕食へのお誘いがあるはずだ」

「夕餉の宴か!」ハルディアが嬉しそうに叫んだ。
「ああ、それはありがたい。ちょうど腹が減っていたところだ」
彼の視線が一瞬、レゴラスの上をなぞる。
「それに、楽しい話もできそうだしな。あなたとレゴラスがどうやって友人になったのか、その話も聞かせていただけるんでしょう?」

アラゴルンが笑って、レゴラスを優しく見た。
「ああでも、それを話し出すとかなり長くなりそうだ」

ハルディアが笑みを浮かべる。「喜んで」

レゴラスは唇をかんだ。望んでいたほど、心休まる暇はないかもしれない。そう思いはじめた。
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