The Nature of Fear (恐れの本質)



カラズラス峠の前に、彼らはなすすべも無く屈服した。

そこから引き返すことはアラゴルンに苦い後味を残した。
選択肢は限られている。そして今、彼らが選ばざるを得ないのはその中でもっとも選びたくない道だ。
アラゴルンが近頃腹に据えかねているレゴラスさえ、この決定にはいくらか感情を露にしていた。

「モリアの坑道には行きたくありません」
彼は、アラゴルンがこの旅で聞いた中で最も激しい口調で抗議した。
「他にも道はあるでしょう」

いずれにしてももう決まったことなのだ。彼自身も不満ではあったが、野伏はレゴラスが何か反応しないかと彼のほうを見た。
こいつだって分かっているはずなのに。
エルフは瞬き一つせず、石のような無表情を保ったままだった。
レゴラスの心は−−アラゴルンは腹立たしさを覚えながら思った−−氷で出来ているに違いない。

山からの下りは、更なる緊張を強いられた。
ガンダルフは地下のルートをとることに大きな懸念を持っているようだし、その不安は皆にも伝わってきた。 ホビット達もナーバスになっていて、彼らのいつものとめどないおしゃべりもなりを潜めていた。
この旅の仲間のムードを決めていたのは他でもないホビット達だったので、怖がる彼らの前ではギムリでさえ、従兄弟に会える喜びを出すことも無かった。

レゴラスだけが何も感じていないように見えた。
一旦彼のモリア坑道に対する反対意見が却下されると、エルフは一言も口をきかなかった。 裂け谷を出て以来、彼は仲間と共に歩いては来たが、彼らの中に入っては来なかった。いつも近くにはいたが、仲間達の会話に入ってこようとはしなかったのだ。

アラゴルンはエルフの中に恐怖を見て取ることはできなかった。
野伏は、己の養父であるエルロンドも、話に聞く「滅びの山」での闘いではこんな感じだったのだろうかと考えた。抑制され、鍛えられ、すこしの綻びも見せない、エルフの鎧。

いいや。レゴラスのすべらかな姿形に目を這わせながらアラゴルンは決め付けた。偉大な戦士ではあるが、エルロンドは決して温かさを失うことはない。
レゴラスは、アラゴルンの見る限り、温かみのない物腰とカラズラス峠のような難攻不落さを持っている。 彼の髪を鷲掴みにし、その氷のような表面をたたき砕いて中にあるはずの熱を求めたくなるような。

「奴と寝る位なら、今捨ててきた山と寝たほうがずっとましだぞ」
ボロミアが隣に近寄ってきながら乾いた口調で言った。そしてレゴラスのほうをあごで示す。
「魅力的だが、冷たい。冷たすぎて俺の好みではないな」
アラゴルンは注意をエルフから引き離しながら平たい声で言った。
「俺の興味はそんなところにあるのではない」

ボロミアは疑るような視線を投げかけてきた。
「自分自身を偽るものではないぞ」彼はそう言って、歩を前に進めた。
「あなたの感情はすぐ顔に出る、アラゴルン」

野伏は彼の後姿を見ながら考え込んだ。
ボロミアが真実を言い当てているとは決して思えないが・・・アラゴルンは再びレゴラスの姿に視線を合わせた。確かに、自分は彼に興味を抱いている。
そう自覚することは驚きではあったが、不快ではなかった。
レゴラスは美しい。あの魅力に逆らえる男はいないだろう。
しかし、不幸なことに、その卓絶した美しさは氷のような人格と隣り合わせだ。
それを溶かすにはどうしたらいい?
ふいに、ある想像がアラゴルンの心に浮かんだ。
それは今とは違うレゴラスの姿・・・アラゴルンの下で、彼の欲望によって高められ、熱くなったレゴラスの姿。

突然の体の疼きが、アラゴルンを正気に引き戻した。
自分自身の想像に腹を立て、彼はコートを体にきつく引き寄せた。
こんな考えは脈絡もなく、道行の妨げとなるだけだ。
自分自身とレゴラスに怒りを覚えながら、彼は他の仲間を追って暗い沈黙の中に進んでいった。

彼らはシランノン湖からあふれた水がかつて形成した岩山の上を進んだ。
その乾いた、荒涼とした風景は仲間達の恐怖心をさらに煽るだけだった。
ギムリが、仲間のドワーフがいかに親切かということを話し聞かせてその場の沈黙を破ろうと努力したが、彼の声も険しい岩山に空しく響くだけで、またすぐに沈黙が訪れるのだった。
その日の宿営地に落ち着くと、全員が安堵の表情を見せた。

「シランノン湖はもうだめじゃ」ガンダルフが皆に言った。「水が汚染されておる。今日は湖の傍で寝るのはよそう。朝になったら、湖に沿って進み、この先にあるモリアの壁に行くのじゃ」

アラゴルンは最初の不寝番を買って出た。
上空の硬い月を見上げながら、遠くで狼が鳴くのを聞いた。不安が、口の中で苦味となって広がった。 見張り役交代のためにボロミアを起こした時、アラゴルンはとても眠る気にはなれなかった。しかし、カラズラス峠の疲れと溜まりに溜まったストレスは彼を考えていた以上に疲弊させていたようだった。 深く眠った後、彼は狼の声で再び目を覚ました。起き上がると、空はもう端を明けの紫に染める頃だった。周りを見渡して、レゴラスの姿が寝床から消えているのに気づく。

アラゴルンは目をそらし、自分には関係ないことだ、と言い聞かせようとしたが、それはできなかった。もう自分を偽ることはできそうにない。もうかなり長い間、言葉には出来ない感情が渦巻いていたのだ。
丁度、レゴラスと真っ向から向き合うにはいい機会だ。
彼は立ち上がると、エルフを探しに荒野に進み出た。

彼の思ったとおり、エルフは湖のそばに膝をついて、濁った湖面を見つめていた。
彼が近づくのに気づいているはずのレゴラスはしかし、振り返らなかった。
四つん這いになり、手首まで暗い水の中に沈めている。

「何をしている?」
水際のエルフの体勢に心乱されながら、アラゴルンが問うた。
ほっそりとしたカーブを描くレゴラスの腰の曲線に、野伏の視線が我知らず惹きつけられる。

「この水は月を映していません」レゴラスが上の空で答えた。
「不思議ですね」

アラゴルンは彼が正しいと気づいた。水はタールのように黒く、鏡のように穏やかだったが、上空の満月を少しも映す気配が無かった。
彼は身震いした。「ここには闇が潜んでいる。離れるんだ、レゴラス」

「貴方は何に対してもそうなのですか?恐れるだけ?」

「そのおかげで今日まで生きてこられている」
アラゴルンは怒りが湧き起こるのを感じながら答えた。
「お前ももう少し用心したが良い。お前達は不死の存在なのかもしれんが、それでも死ぬこともあろう。そのことに恐れを感じはせんのか?」

「貴方のように恐れたりはしませんよ、イシルドゥアの息子よ」
表情は冷たく読めなかったが、エルフの声音には楽しそうな響きがあった。

アラゴルンは彼の後ろに膝をついた。「いいや、お前は何者をも恐れたりしない。 そうだろう、レゴラス?」
レゴラスは黙ったまま、アラゴルンの反応をうながす。
「お前は恐れを感じない。俺が見てきた限り、喜びをも感じない。一体、何なら感じるというのだ、エルフよ?それとも、お前の心はこの腐った湖のように’無’で、どんな感情も映さないというのか?」

レゴラスは顔を少し俯けた。色素の薄い髪が肩にかかり、彼の表情を隠す。
「貴方のおっしゃるのが、貴方自身が抱いている欲望のことならば、そのようなものは持ち合わせていません」

アラゴルンは絶句した。彼はレゴラスの、なだらかな腰の曲線、ほっそりとした背中、そして華奢だが力強い肩を眺めた。エルフにこんなに簡単に自分の感情を読まれたことに、きまりが悪くなる。
そして、そのことを簡単にあしらわれたように感じてカッとなった。

「そのようなことを聞いたつもりはなかったが、多分それこそがまさに俺の考えていたことなのだろう」彼はかみ締めた歯の間からそう吐き捨てた。
欲求に駆られて、彼は素早く前に移動するとエルフの背中に覆い被さった。

レゴラスは硬直した。すぐ湖水から手を引こうとしたが、アラゴルンは彼のひじを捕らえ、水面下の腕をそのままに押さえつけた。

「貴方は幻想と現実を混同しています」
エルフは鋭い口調で警告した。彼の腕の周りで波紋が広がった。
「人の子にふさわしく、我を失っていらっしゃるようです」

「そしてお前は我を保ちすぎだな」アラゴルンが息巻いて切り返した。
組み敷いたレゴラスの肢体は、彼が思っていた以上に性的衝動を喚起した。
彼自身が硬くなり、ズボン下に痛みを引き起こした。体中が熱くなり、興奮で頬が紅潮する。彼は頭を下げ、エルフの耳の横の三つ編みに息がかかるくらいに近寄せた。
「お前に我を失わせるにはどうしたらいい、レゴラス?俺達と同じようにさせるにはどうすれば?」

レゴラスは身じろぎをしたが、自分の尻がアラゴルンの腰の部分にある硬いものをかすめた時、凍りついた。
「貴方達と同じ?」彼は鋼のように冷たい声に嘲りをこめて聞いた。
「どういう意味です?貴方のように恐れを剥き出しにするということですか?直情的に?」

エルフは故意にアラゴルンを刺激しようとしていたが、アラゴルンはもはやそれに答えるしかなかった。彼は腰を突き出し、硬く勃起した部分がレゴラスにもわかるようにその尻の曲線に押し付けた。
エルフがびくっと身を震わせるとアラゴルンはにやりとした。
「生を感じてみてはどうだ、レゴラス?お前はいつも冷たすぎる。もしお前が不死の存在だと知らなければ、もう死んでるのではないかと間違えそうなくらいだ」
アラゴルンは腰を廻して、彼自身を故意にエルフの尻の割れ目になぞらえた。
「生を感じるのが悪いことか?情熱は?お前の内にだってあるはずだろう?」

「私に関する貴方の分析は、貴方の本当の目的を隠しているだけでしょう」
レゴラスが、密着した体を離そうとしながら切り返した。
「欺瞞で私を侮辱しないでください、アラゴルン」

エルフの言葉は鋭く突き刺さり、アラゴルンはレゴラスの傷つきやすそうな首筋にうしろから噛み付いてレゴラスに声をあげさせた。
「俺達二人のうちなら、”俺”こそが己の感情に対して正直だと思うぞ」
そう言って、もう一度やわらかな肌に噛み付く。
「お前は自分自身を抑えすぎだ。正直でないのはお前のほうだ」
彼はさらにレゴラスに密着し、その細い体を前後に揺り動かし始めた。
レゴラスは逃げようとするのを諦め、体をアラゴルンのなすがままに委ねた。
色素の薄い髪がその動きにあわせて揺れ、その先端の触れる暗い湖面にさざなみを起こす。

「一体何のつもりですか」
レゴラスのそのつぶやきは空虚で、まるで感情が感じられなかった。
「何故私にこんなことをするのです」

アラゴルンは答えなかった。彼自身、その答えを知らなかった。
分かっていたのは、レゴラスが彼を怒らせたということだけ。そしてもし、この粗野で欲望に満ちた行為が、その答えを冷淡なエルフから引き出すことができるなら、それでいいではないか。

アラゴルンは、欲望が己の中で大きく育つように目を閉じた。彼はレゴラスを高めるために彼に触れたかったが、もしこのエルフの腕を離したらたちまちに投げ飛ばされてしまうであろうことも分かっていた。
じれったさに、アラゴルンはレゴラスの耳の張り出した部分をねろりと舐めた。
感じやすい部分に舌を這わせ、反応を待つ。
幽かな、震えるため息が湖面を漂ったように思った。さらに、勃起した部分を押し付けた体が、ほんのわずかに震えているようにも。

しかし、すべては想像だけだった。レゴラスの表情を見ることもできず、彼の欲望が一番顕著に表れるであろう体を感じることも出来ず、ただそれを望むだけ。
彼はレゴラスのすんなりとした両足の間に己の膝を滑り込ませ、足を開かせた。 徐々に高まる興奮に息を弾ませながら、野伏は体の角度を変えて、彼自身の高まった先端を、突き立てたくてたまらないレゴラスのそこに擦り付けた。

まるで拷問だ。まだ足りない。
きつくかみ締めすぎて、歯が折れてしまうのではないかと思うくらいに歯を食いしばる。レゴラスの体に擦りつければ擦り付けるほど、気が狂いそうになる。
自分がレゴラスに対してまるで野獣のように発情している自覚はあったが、この快楽への追求の前にはそんなことはどうでも良かった。

「いいぞ、レゴラス」
彼は喘ぎ、エルフの腕をますますきつく握り締めた。痛みを与えるくらいに。
「俺を達かせてくれ」

絶頂は突然、まるで高原に起こる洪水の濁流のようにやってきた。喉の奥からうめきが漏れる。
彼はレゴラスの背中に胸から倒れこみ、その捕われの体に最後の一突きをした。
熱いものがアラゴルンのズボン下を満たした。荒く息をつく。

ぼうっとしながらも彼はレゴラスの腕を離し、注意深く後ろに退いた。
エルフは震えていた。
強姦によって彼を精神的に傷つけ、屈辱を味あわせながら、アラゴルンは彼という存在に近づきはじめている。

その時、彼はレゴラスが笑っているのに気づいた。大きくはないが、しかし明らかに押し殺した声で。
今までとは違う種類の熱でアラゴルンの顔は熱くなった。よろよろと立ち上がり、彼の前に膝を着いているエルフを見下ろした。

「貴方がたと同じようになれ、ですって?」
レゴラスが抑制された声で繰り返した。そしていきなり、引き攣ったような嘲り笑いを始める。
「今のは私にもこうしてみろ、という見本ですか?すみませんが、私には全く有益には感じられませんね」

アラゴルンの眼差しが憎悪に変わった。彼はきびすを返すと、笑い続けるエルフを残して大股に丘を下っていった。
彼はかつて、エルフが悲嘆に暮れて死んでしまう、という話をきいたことがあった。
しかしレゴラスがその危険に遭う可能性はこれっぽちもないように、彼には思えた。





ドワーフの洞窟の暗闇の中では、恐怖は切り離せないものだった。
アラゴルンが素早く見つけたように、何者かがまだそこに潜んでいた。

モリアの坑道は嫉妬深い暗闇に包まれていた。ガンダルフの杖の先端につけられた輝く石のほかに、あたりを照らすものはなかった。
そのため、世界はまるで彼らを導く魔法使いの周りにしか存在しないかのようにせばめられた。それは子宮のごとく「閉じられた場所」であり、人を狂わせるに十分だった。

アラゴルンは周囲のよそよそしい石壁を見回し、それがかつての彫刻師達の手によるものではないことを見てとった。その建築様式−−はがれて落ちて 積み上がった石ではなく−−は、非人間的で荘厳だった。
ドワーフ達が一体どうやってこのような場所に永きにに渡って住んでいたのか、それは彼の理解を超えていた。
旅の仲間はモリア坑道をたった2日間しか進んでいなかったが、それでもすでに彼はこの抑圧的でまるで墓石のような石壁から自由になりたくてたまらなかった。

暗闇から逃れるために何かしようと、彼はボロミアの側に寄った。仲間の人の子は立ち止まって道に散乱するドワーフ兵達の残骸を調べているところだった。それらはゴブリンの矢に眼を射抜かれていた。

「こいつらのお仲間になるのはいただけんな」
アラゴルンは白骨化した兵士の側に横たわる斧を足で避けながら苦々しく言った。
「ここで俺達を待っているのは死だけではなさそうだ。もっとたちの悪い暗黒を感じる」

ボロミアはうなずき、アラゴルンの向こうに視線を据えた。
「ああ、そのようだ。それにどうも仲間のうちの誰かさんが、明らかに限界にきて動揺しているようだぞ」

人間仲間の片割れのその言葉に困惑し、アラゴルンは彼の視線の先にいるレゴラスを見た。
エルフは仲間達から少し離れた、ガンダルフの持つ光が届くか届かないかの位置にいた。
ぼんやりとした明かりの中で、エルフはアラゴルンがこれまで見たことのないくらいナーバスになっている様子だった。

「ずっと見ていて思ったのだが」ボロミアは続けた。
「奴はこの場所にかなり影響を受けている。一週間前にはそんなことがあり得るなんて思っても見なかったのだが、奴は壊れつつあるぞ、アラゴルン。奴がもし倒れたら、逆に俺達全員が影響をうけることになろう」

レゴラスが倒れる?
実際にエルフのまいっている姿を見ていないアラゴルンにとっては、その考えは笑止千万だ。 しかしよく考えてみれば、それは当然のことだった。彼ら全員のなかではレゴラスがいちばん森の開放感に慣れ親しんでいる。
エルフは生あるすべての植物、動物の存在のうえに成り立っている。それらが力の源なのだ。 この、生命と光から隔絶された場所に閉じ込められることは、森のエルフにとっては拷問にも等しいに違いない。

「注意を払っておこう」アラゴルンは静かにそう約束した。
湖での出来事についてレゴラスを嫌悪すると同時に、アラゴルンは今の状態をもたらしたのが己のせいであることも十分認識していた。
自分の間違った怒りのせいで、この旅を危険に晒すわけにはいくまい。

彼らは太陽のないこの場所で、一日の長さを測ることもなくひたすら歩いた。
ガンダルフは着実に皆を上のほうへと導き、そしてようやく白い明かり−−月明かり かその反対か−−が岩の裂け目から、まるで巨大な石の生物が吹き出す血のよう に差し込む場所に出た。
幸運なことに、彼らは道の脇に一つの部屋を見つけた。そこは一晩を明かすのに いくらか安心できそうな場所だった。

アラゴルンは、全員がぼんやりとした明かりに照らされた部屋に無事入るのを見届けた。
全員、レゴラスを除いて。
彼はエルフが立ち止まらずに歩いていくのに気づいた。部屋を出て、エルフが朽ち果てた廊下を進んでいくのを見る。
そして、レゴラスの優雅とはいえない足取りに眼が釘付けになった。
太陽光の欠乏は、まるで病原体のようにエルフの生命力を蝕んでいるに違いない。
レゴラスが気力を失いつつあるという考えは、奇妙に好奇心をそそった。アラゴルンは彼の後を追った。
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