Repossession (奪還)



〜(1)〜


アラゴルンという男は、その視線だけで人を焼き尽くして灰にしてしまうことができ る。レゴラスはそう決め付けた。
エルフがその結論に達したのは旅の仲間が霧降り山脈の東の裾野を迂回する頃だっ た。裂け谷はもう彼らの後方に見えない。
前方のカラズラスの山頂は雪煙にけぶっていた。
頭上から照りつける太陽は焼けるようだったが、それもエルフの横顔をなぞる蒼く鋭 い視線に比べると大したものではなかった。
まるで千もの太陽が頬骨を燃やすかのごとくに注がれる熱に比べれば。

腕に服が軽く触れ、彼は有難いとばかりにそちらのほうに気をそらした。振り向くと 横を歩いていたのはボロミアだった。
「エルフの肌が日に焼けて赤くなるなんて知らなかったな」
人の子はそう云って、著しく興味深げにまじまじと見た。
「それともそれだけ赤くなるのは一時的な状態にすぎんのか?」
ボロミアの測るような視線が、エルフを通り越してアラゴルンに移った。

当惑して、レゴラスは肩をすくめた。
「エルフが日に焼けないのは本当ですが、我々だって暑さに苦しむのはあなた方と同 じですよ。放っておいてください」

ボロミアが考え込む風に頷いた。人の子の灰色の瞳が鋼のように突き刺さる。
レゴラスは彼が何を見ているのか、不思議に思った。

「昨日、森の中であんたを見たんだ」
ボロミアが出し抜けに、妙に緊張した声で云った。
「あんたは鹿のように優雅で流れるような物腰で歩いていた。私は後をつけずにはい られなかった」

レゴラスの息が止まった。何事もなかったように受け流そうと努める。
「それは、さぞかし退屈だったでしょう−−」

ボロミアが肘の辺りを掴み、彼を道の端へ引き寄せると他の者達を先に通り過ぎさせ る。人の子の真意が分からないまでも、レゴラスはそれに従った。
「それどころか。私は開眼したよ」
肘を掴む手に力がこもる。
「あんたには驚かされる、エルフの王子よ」

ボロミアに見られていたことを知って、レゴラスはさっと目をそらした。
驚いた、と実際エルフは思った。
前日森の中で彼の身に降りかかったことは、レゴラスには全く心の準備のしようも なかったのだから・・・・・・。



彼にとって、心を悩ませる不安から気をそらせるために、走って体力を消耗させるこ とは習慣となっていた。
このところ旅の仲間達の間にいると、どうも居心地の悪さを感じていたのだ。
それは全く彼らしくないことであった。友情と仲間意識はレゴラスにとっては親しい ものであるはずだったから。一体どういうことなのか、彼にも理解できなかった。

夜明け前の冷え冷えとした中に眠ったままの仲間達を残し、彼は自分が一人になれた と思っていた。しかし、身体をクールダウンさせるために速度を落としたとき、金属 が木に当たる鈍い音が聞こえてきた。
好奇心に駆られ、音のしたほうを探る。
そこにいたのは、アラゴルンだった。

彼を見た瞬間、レゴラスは彼こそがあの説明のつかない不安の原因であることを 悟った。
レゴラスの喉がつまり、てのひらが汗で湿る。
突っ立ったまま動いてもいないのに、心臓が走っていたときと同じように跳ねた。

アラゴルンは下着とズボン下だけを身につけ、露に濡れた草の上に裸足で立ってい た。汗で張り付いたシャツが胸と腕の逞しい筋肉を浮かび上がらせている。
複雑なフットワークで身をかわし、左右に飛び跳ねながらアラゴルンが切り付ける木 から樹皮が飛び散った。

「まるでエルフのような戦いぶりだ!」
レゴラスが思わず呟いた。

弾かれたように振り返ったアラゴルンの足元が乱れる。野伏は剣を降ろした。
「レゴラス」

エルフは肌の表面を走り抜けた震えを押さえ込んだ。人の子のその温かみのある声 は、あまりにも慰撫のニュアンスを帯びている。
「邪魔するつもりはなかったんです」
アラゴルンが汗で湿った髪を撫で付けるのを見ながら口の中でもそもそと呟く。
「どうぞ、続けてください。わたしはもう行きますから」
そう云って、急いで踵を返した。

「待て、レゴラス。逃げるな」

レゴラスは立ち止まり、うろたえて目を閉じた。
己の高いプライドがここから逃げることを許さず、人の子の言葉を認めたがらなかっ た。

後ろから近づくアラゴルンの足音を草むらが押し包んだ。
「俺の戦いかたを不思議に思うか。お前は俺が裂け谷のエルフの中で鍛えられたこと を忘れているようだ」
人の子が彼に喚起する。アラゴルンのその声は、奇妙に掠れていた。
「俺はお前の種族について、たくさんの秘密を知っているぞ」
剣の平たい部分で軽く肩を叩かれ、レゴラスは怯んだ。
「どれだけのことを知っているか、さぞお前が驚くくらいにな」

レゴラスは己を抑え切れなかった。
「何を、一体、あなたは知っているというのです?」
穏やかに、彼は訊いた。

彼は野伏が微笑んだのを感じ取った。
「お前が身の内に抱く欲望を露わにするのが恐くて、俺のほうを向けない、というこ とは分かってる」
レゴラスは身震いした。剣の切っ先が首の横に移動し、徐々に押し付ける力を増すの で、首を切られたくなくば向きを変えざるを得なくなる。
彼は人の子に面と向かい、アラゴルンの全てを剥き出しにさせるようなあからさまな 視線になめ廻された。
「お前の身体がそんなにもはっきりと俺を求めているというのに、何故それに抗おう とする?」

「驚くべき尊大さですね」
レゴラスは顎をつんと上げながら切り返した。

アラゴルンが剣を脇にぽんと放り投げ、間の距離をこれ以上ないほどに縮める。
「俺は単に真実を云ったまでだ」
レゴラスは身をこわばらせ、野伏が顔を寄せて彼の先の尖った耳に唇が付きそうなほ どに近寄せるのに決して動くまいとした。
「教えてくれ」
彼は囁き、レゴラスの肌を震わせる。
「本当に、そうなのか?」
舌がエルフの感じやすい部分をねろりと舐める。弓の名人は思わず喘いだ。
唇と舌が繊細なまろみに沿って動くにつれ、さらなる湿り気を帯びた熱を感じる。
「ほら、今はどうだ?」

レゴラスは唇を噛み、アラゴルンの口が首筋を軽くなぞるのに対してあがるうめきを 抑えようとした。
柔らかな唇がまるで蝶の羽のような幽かなタッチで触れてゆく。その囁くような接触 は、まるで頑なな身体を解いていくような欲望の糸を送り込んだ。

レゴラスは人の子を押し退けようと片手を上げた。が、アラゴルンの確固とした意思 を持った唇に首と肩の付け根の感じやすい部分を吸い上げられ、気がつくとエルフは 自分のほうから男の濡れた服にあられもなくしがみ付いていた。
そして人の子の熱い舌が鎖骨を舐め上げると、レゴラスはもう立っていられなく なった。

「アラゴルン・・・アラゴルン、やめて」
彼自身の耳にさえ、その抵抗は弱々しく聞こえた。

人の子が肌の上で掠れた含み笑いを漏らす。
「もし本当にそう思っているなら、止めてやるさ。だけどこれは−−」彼はエルフの 喉の窪みに見つけた脈動に舌を這わせた。
「−−これでは、お前が本当は愉しんでいるようにしか思えんぞ」

その人の子の尊大さに、ついにレゴラスは自らを包んでいた朦朧とした意識を 押し破った。
ありったけの力で、押し退けられ、アラゴルンは怒りに目を燃え上がらせながら 頭を上げた。

「何故、拒絶する真似をしようとする?」
不満に声を荒げながら野伏が詰問する。
「これが欲しくないと云ってみろ!」

「わたしは−−」

「云ってみろ!」
アラゴルンの手がエルフの脚の間のふくらみに滑り込んだ。
レゴラスの息が止まる。理性が弾けとんだ。
アラゴルンが服の上から、エルフのかさを増す昂ぶりを測るように指で扱き上げる。
身体の奥から欲望が湧きあがるのに堪えきれず、レゴラスはその指に自分を押し付け た。
深くうめき、身体中を満たされない情熱に震わせる。
「そうだ」アラゴルンが優しく促す。
「俺に見せてみろ」

レゴラスの頭ががくんと仰け反り、目から焦点が消える。
アラゴルンの唇が首筋に落ちてきて形のよい歯列に肌を噛まれて、腰が勝手に前に揺 れた。
誰かが唸る声が聞こえて、レゴラスはそれが自分のあげた声なのかと一瞬不思議に思 う。そうして野伏の手がズボン下の中に潜り込んでくると、もう彼は何も考える余裕 をなくした。

かさを増した彼自身が、信じられないほどに締め付けられる。
アラゴルンの手は荒々しかった。その硬化した皮膚で引っ張られ、擦られてレゴラス の感じやすい肌に甘い痛みがはしる。
アラゴルンは何の技巧も用いようとしなかった。そして再度、レゴラスはその名状し がたい感覚を捉えられなくなるまでに追いやられる。
脚が地面から浮くほどにきつく、強制的な扱きによって、レゴラスは否応無く限界に 駆り立てられた。うめきを上げるとアラゴルンがその 声ごと捕まえようと、素早くエルフの口を自分のそれで封じ込める。
灼熱の液体が人の子のてのひらに迸り出て、そしてレゴラスの腿を伝い落ちた。

アラゴルンが手を口に運んで舐めるのを、瞼の重く落ちた眼でうつろに眺める。その 行為の濃密さに、レゴラスの身体が震えた。
「知っていたぞ」
アラゴルンはほとんど独り言のように云った。見間違いようも無い昂揚を貼り付けて 笑う。
「お前が蜜の味がするってことをな」

その声に含まれる幽かな震えに、レゴラスの視線が我知らず下に引き寄せられる。野 伏の隠しようもない、どう見ても明らかな屹立。
突如、レゴラスはされたこととこれからされるであろうことの衝撃に我に返った。
震える足であとじさる。アラゴルンの唇が意地悪く歪んだ。

「まだ、お前は準備ができてない」
彼はそう云って、警戒するエルフを眺めた。
「この好意を返してもらうのにも、まだ時間はたっぷりある、レゴラス。お前の準備 ができ次第、な」

準備。そんな準備など、いつまでたってもできるものか。
恐慌状態の動物になったように感じながら、レゴラスは逃げ出した。木々の間を駆け 抜けながら、彼を後ろから追いかけてくるような哄笑が聞こえた、と思った。
それとも、その嘲るような声は彼自身の・・・・・・・・・?



肘の辺りを掴んでいた手が、いつのまにか彼のうなじの方にのびてきていた。
回想から引き戻され、レゴラスはボロミアの指が許しがたい所有欲を露わにしながら 張りつめた筋肉を揉み解すのを感じてびくっと身体を震わせた。

「あんたは奴から逃げたんだ」
ボロミアはそう云った。
「未来の王はあんたのお気には召さなかったか?それとも興味を引かれるのは もっと別のタイプなのかな?」

人の子のその声音は低く、深かった。昨日の出来事の鮮明すぎる記憶からなのか、 それともボロミアのせいなのか、レゴラスは己の身体が反応し始めているのに気付い た。
「あ−−あなたにはあんな場面、見られたくなかった」我知らずどもり口調になる。
「あんなことは二度と起こらないようにします。あんなこと、我らの本来の目的から 大きく外れていますから」

ボロミアの指がエルフの肌の上でやんわりと円を描いた。
「この身体の緊張もな」
そう認める。

混乱して、彼から引き剥がしたレゴラスの視線はそのまま、道に立っている男の姿に 吸い寄せられた。アラゴルンだ。
野伏は捕食動物が構えているような静けさを滲ませながらこっちを見ていた。それは 良くない兆候だった。遠くからでも、レゴラスにはこの人の子が強張った、苦々しい 表情で怒りと嫉妬に塗れているのが見てとれる。

エルフの視線の先を追ったボロミアが、側で緊張を走らせた。レゴラスはゴンドール の息子が身体を引くだろうと思った。
しかし人の子というのは、思い出すのも嫌になるくらいに、予測不可能な生物だっ た。
驚いたことに、ボロミアはレゴラスのうなじを掴んだままの手を急に引き寄せると、 エルフにぶつけるようなキスを仕掛けてきた。

それは情熱によるキスではない。主張するための、キス。
レゴラスは抗った。斟酌無く、人の子の鳩尾に一発お見舞いする。ボロミアがエルフ の唇の上でひゅっと息を呑んで、身体を離して倒れ込んだ。
これから起こるであろう事態に腹を立てながら、レゴラスは道のほうを見た。
アラゴルンの姿はすでになかった。
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