| Fear and Desire (恐れと欲望) 永の命を生きてはいてもなお、レゴラスはたくさんのことを恐れていた。 その恐れのうちの多くは彼自身ではどうしようもないことであった−−見た限り 無尽蔵な勢力を保つオークやウルク=ハイの連中、そして広がりつつあるサウ ロンの邪悪な触手。これらの脅威には彼も応戦し、できるだけの準備もした。 しかし、いくつかの恐れに関しては、彼自身の力で和らげなければならないもの であった。 その日は満月だった。不寝番もそろそろ交代の時間だ。 木の幹に背中を凭せ掛けながら、レゴラスは眠る仲間達に見守るような視線を 投げかけた。 皆疲弊しきっていて、まるで死んだように横たわっている。 しかしながら、彼もまた、この旅に疲れきっていた。眠りたいとは思わなかったが、 平穏が欲しかった。心の中で執拗に渦巻く闇から逃れての平穏が。あの声から 逃れての平穏が。 彼には、闇からの警告が聞こえていた。弱さへの、思い上がりへの警告。 それは、人間という種族の愚かさに対する警告であり、その愚かさについては 彼は知りすぎるほどに良く知っていた。 裂け谷を出発するに際して、エルロンドが彼に与えた助言は簡潔だった。 「そなたは人間達の仲間として旅をすることになる、若き王子よ。人の子というのは 弱い。もし彼らが道を誤った時は、その過ちが大きくなりすぎないように見守る のがそなたの役目だ」 気が重くなる役目だ、と彼は溜息をつきながら思った。頭を巡らし、森の囁く声 に慰めを見出そうとする。 月が一番高いところまで上った頃、彼は一番近くの寝袋の側に寄って眠っている 身体の横に膝をついた。 真の戦士、ボロミアが剣の柄に手を掛けたまま眠っている。 レゴラスはその手の上に自分の手を重ねて、優しく人の子を揺り起こした。 予想通り、ボロミアは反射的に目を覚まし、剣を引き寄せようとする。しかし自分を 押さえつけているのがエルフだと分かって、上掛けの下で身体の力を抜いた。 「何も不都合は起こっていませんよ」 レゴラスが安心させるように囁いた。そっと後ろに身体を引く。 「あなたが見張る番です」 目をしばたいて、それからボロミアは頷いた。疲れたように腕を持ち上げ、何とか 眠気を覚まそうと無精ひげの生えた顔をこする。その明らかに疲弊しきった様子 に同情して、レゴラスは思わず口を開いた。 「ボロミア−−」 言いさして、しかし何を言っていいか分からず、口ごもる。 隠し切れない激しさを秘めた蒼灰色の双眸が彼に据えられた。彼の顔を凝視し、 エルフをまじまじと探っている・・・一体、何を? 予想だにしないその視線の重圧に、レゴラスはふいに捕らえられた。驚きに うっすらと開く彼の口の動きを人の子の視線が追う。蒼い瞳が暗さを帯びる。 不意にレゴラスは立ち上がり、逃げ出そうとする動作をそのまま優雅に手を貸す 動作に変えた。 「起きるのを手伝いますよ」 ボロミアはためらったが結局彼の補助を受け入れ、一瞬ぐっと力を込めて握っ たのちに手を離した。 「少し休むがいい、エルフよ」 息の下で低くつぶやくと、彼はすたすたと森の中に消えていった。 レゴラスは去っていく背中を見送った。己を守るように頑なに丸められたその背中。 詰めていた息を吐き出す。 それでは、これこそが、彼をしくしくと悩ませていた弱さなのだろうか?この、肉体 的な弱さが? 上掛けの中に身軽に滑り込みながら、彼は眉をひそめた。 ボロミアは問題を抱えている。 注意して見ていなければ、とレゴラスは思った。 旅の仲間に道を誤らせるようなことには、このわたしがさせるものか。 ![]() その日の陽が高くなる頃、彼らはまるで傷口から染み出る膿のように森から現れ るウルク=ハイに遭遇した。 レゴラスだけは近づく不吉な気配を聞きとり、警告の叫びをあげる。 ドワーフとエルフ、そして人間達は押し寄せる邪悪な波からホビット達を守ろうと ぐるりと円を描いて取り囲んだ。 金属と金属がぶつかり合う。叫び声やうめき声が、抗戦であがる息をかき消す。 恐怖と憎しみとが、この旅を平和に終わらせたいと願う仲間達を猛攻するに つれ、森の声は鳴りを潜める。 レゴラスが次々と放つ矢が狙いをたがわず吸い込まれてゆく。 その周りでも、仲間達の善戦の様子が彼には感じ取れた。 剣と弓矢に打ち倒されるウルク=ハイの死体で大地は黒々と濡れていった。 レゴラスの弓が鳴り、最後の矢が醜い体に突き刺さった。 勝ち誇って、他の仲間のほうを向いた彼は、ボロミアが血に濡れた剣先を地面 に突き立ててじっと見ているのに気付いた。 「レゴラス、あんたの腕はこの地に比類なきものだな」 人の子は息をつき、眼に落ちかかる汗を拭った。 「あんたのような仲間がもっといてくれればな。もっと簡単だったろうに」 レゴラスは弓を肩に掛け、死体を避けながら近寄った。 「旅の仲間は我らそれぞれの持つ強さをして選ばれたんです。他の誰もこの中 に入れるものではありませんよ」 軽蔑が、髭で覆われたボロミアの口元に閃いた。 草で剣の汚れを拭き取り、荒々しく鞘に収める。 「エルフの技量が、常命の人の子のそれに劣るとでも云うつもりか?」 無情に笑うその声は苦味を帯びていた。 「イシルドゥアの血が、アラゴルンと私には流れている。彼の抱えていた弱さが 我々にはない、と、誰が云える?」 レゴラスはその人の子の声の中に恐怖を聞き取り、一瞬ためらった。 ボロミアが踵を返そうとした時、エルフは彼の肩に手を掛けて彼を止めた。 見返してくる蒼い瞳は自己不信に縁取られていた。 「イシルドゥアは一人でした。仲間という恩恵を、彼は持たなかった」 ボロミアから発せられる、熱と気力にたじろいで、レゴラスはごくりと唾を飲んだ。 「お互いに助け合えば、失敗することなどありませんよ、ゴンドールの息子よ」 そう云って、逞しい肩を掴む手に力をこめる。 「信頼してください。わたしがあなたを信頼しているように」 ボロミアはとっさに口を開こうとしたが、何かが彼を押し留めた。 エルフのほっそりとした手の上に荒々しく、汚れた手が置かれる。 「己の運命を他人の手に委ねるか」 ボロミアが掠れ声で囁いた。その顔は苦痛に歪んでいた。 「私を信用するな、美しきエルフよ。私自身が信用していないのだからな!」 彼はレゴラスの手を払いのけると、ぐいと押しやって他の仲間のほうへ行って しまった。 人の子の姿を追うレゴラスの周りでつんと鼻を突く血の臭いが立ち昇った。 エルフの心の内を、闇が駆け巡る。 それは、囁く。”ボロミア”と。 ![]() 彼らはさらに旅を続けた。 日が経つにつれ、苛立ちは増し、忍耐力は擦り減ってくる。 旅の仲間にかかる重圧が、彼ら自身の気力を奪い始めていた。 レゴラスもまた、他の仲間に知られぬように、ひっそりと重荷を抱えていた。 闇の発する警告は彼を苛み続けている。 この先に待ち受けているのは、災いだけだ。 日が落ちて野営を張る頃になって、レゴラスは自分の神経が耐えがたいほどに 張りつめているのを自覚した。 他の仲間に気付かれないようにしていたにもかかわらず、今やアラゴルンは 焚き火の向こうから心配そうな視線を向けてきている。 うろたえたレゴラスはしかし、あの最も気のつかないギムリでさえもがちらちらと 心配そうに彼を盗み見ているのに気付いた。 レゴラスは嘆息し、食べることもできなかった。 見張りの順番が決められるやいなや、彼は一人になろうと森の中に抜け出した。 月から差し込む光がゆらゆらと煌く苔の上に、避難所を見つける。 彼は感覚を解放し、森の歌声を聞こうと耳を澄ました。 聞こえる。だが、幽かだ。 綿毛に包まれたような、美しい旋律。そこに潜む内なる囁きまではかき消される ことはなくて。 「あんたを苦しめているのは何だ、レゴラス?」 エルフは驚かなかった。 人の子が近づくのは聞こえていた。しかし、それがボロミアだとは知らなかったが。 人の子が目の前に進み出るのと同時に、不安と期待の震えがレゴラスの背筋 を走り抜ける。 「あんたは悩んでいる」ボロミアが続けた。 「誰の目にも明らかだ」 レゴラスはゆっくりと立ち上がった。注意深く相手を観察し、そして答える。 「あなたの持つ弱さについて考えていたのです、ゴンドールの息子よ」 一瞬の驚愕と怒りがボロミアの頬に立ち昇った。 「悩みすぎることなどない。その時がくれば、ちゃんとあんたの好奇心を満たして やるさ」 苦々しく、そう切り返す。 ふいに、その答えはレゴラスのもとに落ちてきた。 自分が何をすべきか、今なら分かる。 「ずっと思っていました」 ボロミアを間近に見ながら彼はゆっくりと口を開いた。 「人の子というのは二つの感情によって動かされるものなのだと。恐れと、欲望。 友よ、あなたは、より恐れに動かされている」 人の子がさっと青ざめるのへ、付け加える。 「あなたを臆病者だと思ったことはありませんでしたけど」 レゴラスは怒りをぶつけられるのを覚悟していた。もしくは、暴力を。 しかし、突然首筋に冷たい鋼を押し付けられるとは予想だにしていなかった。 短剣の切っ先が滑らかな肌に食い込む。血が真珠の粒のように滲み出て、白い 喉元をすっと流れ落ちた。 「度が過ぎるぞ、エルフ。美しきエルフよ」 ボロミアは、流れ落ちる血がレゴラスの上着の襟元に消えていくのを眺めた。 「あんたには人の子の強さというのがどんなものか、知ってもらう必要がある ようだ。そうだろう?地面の上でな!」 短剣は喉元から決して逸らされず、レゴラスは苔の上に仰向けになった。 その横にボロミアが横たわり、身を焦がされるような熱が伝わってくる。 緊張に身を硬くするエルフに上から下まで視線を這わせ、ボロミアの顔が 紅潮した。 その視線が、大きく見開かれた茶色の瞳とかち合った。 「今、あんたのその不死の命を終わらせるのは簡単なことだぞ、エルフよ」 短剣が傷つきやすい肌をちくりと刺す。 「旅の仲間の命運は、私の手の内にあるようだな」 エルフの視線は揺らがなかった。 「あなたを信じています、ボロミア。わたしの命を掛けて」 囁くようなその応えに、ボロミアの様子が和らいだ。 「そうか?私を信じるなど、馬鹿なことだ」 レゴラスは力なく微笑んだ。 「では、わたしは馬鹿なんでしょうね」 喉元の刃がさらに押し付けられる。 目を閉じながら、レゴラスは心配になった。自分はこの人の子に対する判断を 誤って、自らを死の危険に導いてしまっただろうか。 しかし、短剣の刃は食い込んでは来なかった。宥めるように喉をゆっくりと滑り 降り、びくびくと脈動する血管の上をそっと通り過ぎる。 それはボロミアが頭を寄せるのと同時に胸のところでぴたりと止まった。 囁きにあわせ、レゴラスのすべらかな頬に硬い髭の感触が当たる。 「私が恐れと欲望によって動かされている、と云ったな。ならば、欲望とは、何だ ?」 鋭い鋼がレゴラスの腹部を掻いた。その鋭い切っ先が腿の方へ移動して、思わず 息が止まる。 「まだ、私を信じるか?」 剣先に服の上から中心のあたりをやんわりとなぞられ、レゴラスは身震いした。 剣の平たい部分で横に添って削ぐようにされて、そこがかさを増すのを感じる。 「ええ−−」 彼はざらついた吐息を漏らした。 ボロミアが頭を上げた。エルフの昂奮を読み取ったその表情には、驚きと 強い欲望が表れていた。 「これがイイか」 もし、レゴラスにちゃんと息ができていたなら、その人の子の声に含まれた 驚愕の響きに思わず笑ってしまっていたことだろう。 ボロミアの持つ短剣に屹立の先端をやんわりと弄ばれ、レゴラスは満たされ ない悦びに身悶えするのを抑えるしかなかった。 「あんたが欲しい」 彼は喘ぎ、黒ずんだ蒼眸で見据えた。 「私を楽にしてくれるのはあんただけだ」 ボロミアの呼吸が荒さを増した。 「私には過ぎた授かり物だ」そう云い立てる。 「私には勿体無い−−」 云い終えぬうちに、噛み付くようにエルフの唇を塞いだ。 お互いの舌が縺れ合い、息が絡み合う。 エルフの中にまるで救いを得ようとでもするかのようなボロミアの口付け。 人の子の持つ熱に焼き尽くされるような気がして、レゴラスはうめいた。 こんな激しさは、感じたことがない。 身が、焦がされる・・・。 突然、熱に浮かされた唇が離れ、レゴラスは取り残された。 追おうとしたが、気がつくと喉元にはまた短剣がしっかりと押し付けられている。 「私を信じろ」 ボロミアが強い口調で云った。 レゴラスはじっと身を横たえ、柔らかな唇と硬い髭の感触が胸から疼く昂ぶりの ほうへと降りていくのにごくりと息を飲むしかなかった。 ボロミアがそこを、熱く濡れた口中に収めたとき、唇から幽かな叫びが漏れ出た。 熟練したボロミアの唇と舌とにそこでねだるような動きをされ、短剣に縫いとめ られた身体が欲求に悶える。 どうしようもなく、暗い地面にしがみ付く。見上げると目に入るのは、満天の星。 ボロミアは彼を責め、求めた。 彼の昂ぶる中心が余りにも早い終わりを迎えると、ボロミアは身を引いてレゴラス の髪に手を埋めた。膝立ちに引き上げられたレゴラスの目の前に現れたのは、 答えるように欲望に塗れたボロミアのしるしだった。 短剣が彼の顎をそっと突く。 レゴラスは唇を開き、そして人の子の男根を導きいれた。 ボロミアは塩と大地の味がした。そして滑らかな鋼のようなその屹立は、死に もの狂いでレゴラスの舌の上を蠢きまわる。 エルフはこの人の子以前にも幾人も経験していたが、ここまでの情熱を発した 者はいなかった。ここまで攻撃的な者も。 差し出された肉の細かなニュアンスを味わう間もなく、ボロミアが強引に喉の 奥まで抜き差ししてくる。髪を痛いくらいにぎゅっと掴まれ、これ以上無理と いうほどに深く突っ込まれて、呼吸が止まった。 「イイぞ!」 レゴラスが側でもがくのを見ながら人の子がやじった。 「こんな欲望、いままで感じたことがない、美しいレゴラス。あんたといると 我を失う」 そう云ってさらに激しく腰を動かし、彼の長槍で喉を詰まらせるエルフに 喘ぎを上げる。 「もうこれ以上我慢できん」 できる限り人の子に快楽を与えようとする一方で、レゴラスの脚の間のものが 硬く勃ちあがる。 ボロミアの苦しげな呼吸は次第に切羽詰ったものになり、やがて漏れ出すうめき に苦痛が混ざり始めた。レゴラスの顎の下を、鋭い鋼が突き刺す。 喉から絞り出すようなうなり声が上がった次の瞬間、暖かい迸りがエルフの舌に なだれ込んだ。そのボロミアの精をレゴラスは飲み下す。 それは、塩辛い涙の味がしたように、彼には思えた。 ボロミアが厚い胸板をまるで野生動物のように波打たせながら、身体を引いた。 顔に滴り落ちる汗が月明かりに照らされて輝く。 レゴラスはもはや、彼から目をそらすことができない自分を知った。 「わたしだって、欲望の何たるかくらい知っています」 そう囁く。その声に滲む緊張を隠しきれないままで。 ようやくボロミアが彼を見下ろした。 片手はいまだエルフの金髪を掴んだままで、短剣もいまだほっそりと白い喉元 に据えられたままである。 レゴラスは己の身体が無情にも己を裏切っていることをよくよく知ってはいたが、 目をそらしたりはしなかった。 ボロミアが膝をついた。戦士の鋭い双眸には、紅潮するレゴラスの頬の色や 四肢を駆け巡る昂奮の震えが映し取られる。 ボロミアは白金の髪を放すと、代わりにエルフの中心を掴んだ。 レゴラスが鳴き、下肢が跳ね上がる。 「私のことを喜んで信じるか?」 低い声でボロミアが訊ねる。 レゴラスが探るような視線を合わせた。 「ええ、ゴンドールの息子よ」 人の子の唇が歪んだ。 「では、来るがいい」 男の手が勝手知ったるという様子で感じやすい肉をまさぐり、エルフの身体に 悶えるような快感を送り込む。 素早く、そしてゆっくりと、きつく、そしてやんわりと。レゴラスの唇の間から 愉悦と、苦痛の溜息を絞り上げる。 きつ過ぎる快感を隠そうと顔を背けようものなら、短剣が顎を刺す。 ボロミアは全てを見たがった。 「あんたがイク様を見せてくれ、美しきエルフよ」 レゴラスに覆い被さり、濡れた眉に口付ける。汗の流れ落ちる頬に舌を這わせる。 「私を信じろ、レゴラス」 それは魂までもを剥き出しにすることを意味したが、レゴラスは信じた。 ボロミアに視線を合わせ、人の子に己の快感に解けていく様を見せる。 中心を掴む手が抗し難いリズムを刻む傍ら、蒼い双眸が彼の頬を焦がす。 レゴラスはすすり泣き、全身を震わせて達した。自分の脆さを全てボロミアの 眼前に晒しながら。 レゴラスがその命を掛けてだけではなく、魂をも、そして旅の仲間の運命その ものさえも掛けてボロミアを信じたのだ、ということに気付き、ボロミアの表情 に認知の色が表れた。 レゴラスは彼を弱き者とは思っていない。対等だと思ってくれているのだ、と。 ボロミアはエルフを荒々しく胸にかき抱いた。表し難い感情に全身を震わせながら。 しっかりと抱きとめられた腕の中でレゴラスが身体の力を抜いた。 「すべてはうまくいきます、ゴンドールの息子よ」 そう、優しく宥める。 「我々はきっと勝利します」 しばらく経ってから、人の子は彼から身体を離して、悔しそうに跪いた。 「エルフというのがこれほど狡猾ないきものだと知ってさえいたら、こんな無謀な 挑戦なぞしなかったのに」 ボロミアの口調は明るかった。その変化に、レゴラスの心が軽くなる。 「おいで」 人の子に引かれて立ち上がり、彼らは揃って夜営地へと歩き出した。 すぐ側まで来たところで、レゴラスが立ち止まった。 ボロミアが躊躇し、何事かと眉根を寄せる。エルフは優しい微笑みを浮かべ ながら首を横に振った。 「少し、森の声を聞いていきたい。行ってください。すぐに戻ります」 ボロミアは頷き、そのまま他の仲間達のほうへと行ってしまった。 その足音が消えるのを待ってから、レゴラスは感覚の網を緩やかに広げて あらゆる意識を探った。森でしか聞けない音楽が、軽快な詩が聞こえてくる のを待つ。 しばらくして、それは聞こえてきた。美しかった。 そして、また押し寄せる、あの闇。 レゴラスは青ざめた。己の心に忍び寄る暗黒を打ち消すことができない。 それは警告の囁き。裏切りという名の−− 足早に、彼は夜営地に入っていった。 すべてはあるべき姿のままだった。火の側にはギムリ。毛布に包まったまま 見張りを続けている。その周りで、眠っている仲間達。 いいや、全員が眠っているわけではなかった。 エルフの視線が、上掛けの下で丸くなるボロミアに止まる。 人の子は眠っていなかった。 鋼のような蒼い双眸は開いたまま、ホビットのフロドにぴたりと据えられていた。 絶望感がレゴラスを襲う。 いいや、人の子はフロドを見ているのではない。見ているのは、指輪だ。 恐れと欲望。 レゴラスはボロミアの抱える暗黒を消し去れたのではなかった。 人の子は、単にひとつの欲望を別のものに差し替えただけなのだ。 レゴラスは敗北感に塗れながら目を閉じた。 「ああ、エルロンド」 とぎれがちに囁く。 「あなたは間違っていた。道を誤ったのは、人の子ではなかった」 彼はもう一度、欲望の指輪を見た。 「誤ったのは、わたしです」 ”ボロミア” 闇が囁く。”ボロミア”。 The End |
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