Finding Faith (信じるべきものを探して)




太陽がまるで鈍く光を放つ金属に打ち付ける鋭い木槌のように、西の浅瀬の 谷間の渇いた大地に照り付けていた。
ヘルム峡谷は避難所であり、堅固な守りを誇る場所でもある。
それはローハンの民を打ち負かそうとする全ての存在から彼らを守る、最後 の砦なのだ。
しかしてそれはまた、荒涼たる大地にうっそりとそびえ立つ、巨大な墓石のよう でもあった。
ヘルムの砦に彼らは逃げ込んだ。そしてそこが、彼らの死に場所となるやも しれぬ。
レゴラスは石段を登り、ようやく奥の防壁の頂上に辿り着いた。
そこにはすでに一人の人物の姿があった。この戦を戦い抜くために必要な 強さの、今やシンボルともいえる人の姿が。
アラゴルン。
ウルク=ハイの軍勢を歓迎するかのように見下ろし、彼らの喉元をその剣で 切り裂きたくてうずうずしているかのような、人の子。
レゴラスの見る限り、何の恐れをも抱いていないかのような、人の子。
何故そうなれるのだろう、と彼は不思議に思った。

「我々の味方はまだほんの子供か、剣を持つには弱りきった者ばかりです」
立ち尽くす偉丈夫の側まで来て、レゴラスが云った。
平原を眺めるアラゴルンの視線に自分の目を合わせようとはしない。
代わりに、高貴な、すでに確固たる意志を固めた揺るぎない姿を眺める。
「この戦に必要な人員も、武器の数も足りてはいない、アラゴルン。ヘルムの 砦は一時もしないうちに陥ちるでしょうね」

「それなら、他に道はあるというのか?」
アラゴルンが答える。その低い声は、危急の戦準備が進められる背後から ひっきりなしに聞こえる金属のぶつかり合う音の間を縫って、密やかに届いた。
「もし我らがサルマンの勢力に抵抗しなければ、この世界の全ては奴らの手に 堕ちる。どちらにしてもそこに待っているのは死だ。それならばむしろ、俺は 怯むことなく真っ向から挑みたい」

何故かその問答に己を恥じ、レゴラスは踵を返そうとした。
しかし、視界の端に、アラゴルンが未だ首に掛けていた首飾りの銀の輝きが ちらりと映る。
レゴラスは立ち止まった。

「もう、あなたには失うものが何もないのでしょう?」
静かな声でそう訊ねる。
鋼青色の瞳が驚きを湛えてこちらを見ると、レゴラスは人の子の胸に掛かった 形見の品にそっと頷きかけた。
「あなたに恐れという感情を与える源である愛、それがあなたからは失われ てしまった。もう生きている意味が見つからない、だからこその勇気なんでしょ うね」

苦痛の色が瞳に揺らめく。レゴラスが憧れ続けた、その瞳に。
しかしその感情はアラゴルンが背を向けると同時にきっぱりと遮断された。
「お前に俺の気持ちなぞ分からん、レゴラス」

レゴラスが哀しそうに微笑む。
「それは違います、アラゴルン。成就し得ぬ愛にもがく甘やかな苦しみは、 あなただけのものではない。わたしにだって、もうこの夜を生き抜く意味など 見つからないんです。あなたと共に滅びるまでです」

そう云い残して石段を降りる背中にアラゴルンの驚く視線を感じたが、彼は 振り返ろうとはしなかった。


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悲しいかな、共に戦う人間達がまっとうな男ではなく、子供でしかないという事実 は簡単に彼らへの信頼を失わせる。
武器とて剣や弓ではなく熊手や台所用ナイフで、それを握る手もおぼつかぬ。
レゴラスの目に映る人間達の表情には一人残らず絶望と恐怖が滲んでいた。

その事実は押し寄せるウルク=ハイの足音と同じくらいに彼の神経を打ちのめす。
自分が壊れてしまいそうだ。

惨めな状態にこれ以上耐えられず、エルフは洞窟の近くに安らげる場所を 探した。
そこで、彼は地面に座り込むと、自分に残された時間のことを想う。

思い出が、風に吹かれた木の葉のように脳裡をよぎる。
あっという間に行過ぎて捕まえきれないものや、よく見ようとすると壊れてしまう くらいに儚い、脆い思い出。
その思い出の全ては、アラゴルンのものだった。
故意だったかもしれない、あの手の感触。より深い意味を込めていたかもしれ ない、あの眼差し。
悔しいことに、その真意を確かめる術はレゴラスにはもはやない。
たんに命だけではなく、それ以上の数多のものがこのヘルムの砦で失われよう としている。
思い出や希望も、それらと共に埋もれてゆくのだ。

聞きなれた足音に、レゴラスは顔を上げた。
アラゴルンが立って、彼を見下ろしていた。唖然として。

「泣いてるのか」
人の子が囁くような声で云った。

レゴラスは上衣の袖で涙を拭った。
「あなたにこんなところを見られたくはなかったのに」
そう呟いて、無理に笑顔をつくろうとする。
「あんなことを云ったけれど、わたしの持つ勇気なんてあなたのほど強くは ないんです」

アラゴルンは近づき、悦びかつうろたえるレゴラスを尻目に彼の横の地面に 膝をついた。
荒れた指が、エルフの頬に残る乾いた涙のあとを優しく辿る。
レゴラスは思わず息を呑んだ。アラゴルンの瞳が射るように見つめてくる。

「震えているのか」
アラゴルンが云った。指はまだレゴラスの頬に置かれたまま。

「恐れの感情のために、弱くなってるんです」
息も絶え絶えにレゴラスが答える。

アラゴルンはレゴラスの小刻みに震える唇にそっと触れ、青白い頬にほんのり 赤味が差すのを眺めた。
「いいや、お前が震えているのは何か別の理由なのだろう。お前が弱ってるところ なぞ俺は見たことないぞ、レゴラス」

そのアラゴルンの声の暖かい響きは、レゴラスの身体を震わせた。
「ひとを弱くさせるものなんて、たくさんあるでしょう」
そう、囁くように云う。

洞窟の壁を水滴が止むことなく滴り落ちていた。
アラゴルンの探るような視線に、レゴラスはこの人の子が自分の顔の中に一体 何を見出しているのか、と思う。
心のどこかではそれを知りたい、とエルフは切望していた。
しかし別の部分では、どうにもならない事実に諦めを抱いていた。
結局、全ては手遅れなのだ、と。

「俺のために強くあってくれ」
ようやく、アラゴルンが云った。
それは先刻ローハンの男達を奮い立たせた言葉とは違っていた。
レゴラスに向けたその言葉は、心の奥底から溢れ出たもので、確固とした鋼 のような響きと同じくらいに奇妙な柔らかさをも孕んでいた。
「もしかしたら、未だ見出されぬ、いくらかの希望は残されているかもしれん、 我が美しき友よ」
アラゴルンは立ち上がり、少し躊躇した。
「もしかしたら−−もしかしたら最後には、生きていたいと願うことの理由を 見つけられるかもしれない。それを見つけてくれ、レゴラス。全てが失われて しまった、と諦める前に」

レゴラスには答えられなかった。
人の子の足音が遠くに消えてしまってしばらく経ってから、レゴラスはのろのろ と震える指で己の唇に触れた。
アラゴルンの指の感触が、まだ消えずに残っている。

闇が地面にさらなる影を落とした。
大地が、恐れを知らぬものたちの襲来に揺れる。

レゴラスはこれまで一度として自分の運命を嘆いたことはなかった。
けれども今、彼は、初めてそれを呪った。
何ももの知らぬ人の子のように。



The End
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